2009年5月10日

阪神・淡路大震災の記憶を蘇らせる。

1995年(平成7年)月17日午前5時46分52秒、淡路島北部沖の明石海峡(北緯34度35.9分、東経1352.1分、深さ16km)を震源として発生したM7.3の地震である。淡路島や阪神間・大阪府北西部・東播磨地方南部などを中心に、大きな被害をもたらし、特に、神戸市街地は壊滅状態に陥った。地震による揺れは、阪神間及び淡路島の一部において震度7が適用された他、東は小名浜、西は佐世保、北は新潟、南は鹿児島までの広い範囲で有感(震度1以上)となり、福井地震を上回る、戦後日本で最大最悪・未曾有の震災である。近畿地方では、1927年の「北丹後地震」を超える死者となった。被害の特徴として、都市の直下で起こった地震による災害であるということが挙げられている。阪神・淡路大震災が発生したのは、僕が中学3年生の時である。テレビ報道等により、こんな事が日本で起きていいのか?本当に、日本なのか?と疑うと同時に、災害の生々しさを実感した。5月10日、神戸で、あるイベントに参加する事が決まっていたため、良い機会だと思い、イベント終了後、神戸市内を歩いた。

早朝の羽田空港 出発ロビーより。「ANA 神戸空港行き」

神戸空港から、三ノ宮駅へ向かう、モノレールの車内より。

三ノ宮駅前。

燃えさかる火に煽られたにもかかわらず、今も尚、元気に成長し続けている大木。

 

火に煽られ溶けた電柱。当時の面影をいつまでも忘れないよう、保存してあります。

市内には、大震災による犠牲者の慰霊碑が沢山ありました。近くに霊園がありましたので、何気なく霊園を歩いていると、ある女性のお墓を見つけました。実は、大震災による犠牲者の一人であり、その女性が今も生きていると、なんと、僕と同じ歳である事がわかりました。生きていれば、これから楽しい人生を送るはずだったのに、中学生3年生という若さでお亡くなりになられた彼女の分まで、僕が精一杯頑張って生き、恥ずかしくない人生を送る事を誓い、手を合わせました。

この震災により、ご不幸に見舞われた方々には、深くご冥福をお祈り申し上げます。