韓国人 原爆犠牲者慰霊碑

 

昭和45年4月、在日大韓民国居留民団 広島県本部により建立された慰霊碑。

亀を型取った台座の上に、高さ約5mの碑柱が建っている。

この慰霊碑は、亀を型取った台座と共に、双竜の図柄を刻んだ冠の中に、原爆による韓国人の死没者名簿が納められている。その犠牲者数は、2007年8月6日現在 2628人とされているが、実際は、それより10倍以上の犠牲者が出ているとされる。第2時世界大戦の終わり頃、広島は軍都であり、多くの韓国人が生活していた。1945年8月6日原爆投下の日、約2万人あまりの韓国人は一瞬にして命を奪われた。これほど多くの韓国人が生活していた背景には、明治43年の日韓併合以降、韓国へ対する日本の植民地支配が始まり、圧政で農地や山林を失った方々の一部が生活の糧を求め、日本に移住してきた。昭和6年に満州事変、昭和12年の日中戦争の始まりにより、日本の男が兵隊になったため、日本国内の労働力が足りなくなる。国家総動員法により、朝鮮人を日本国内の炭鉱や鉱山の労働者として移入する政策が取られた。昭和19年、国民徴用令が出され、強制的に炭鉱や軍需工場、建設現場などへ徴用された。原爆が投下された昭和20、日本国内に約200万人もの朝鮮人が生活していたとされる。